カテゴリー: イタリアの町並み紹介と自転車事情

イタリアの町並み紹介と自転車事情 Vol.17

投稿者 on 10月 15, 2010

みなさんこんにちは。

サイクルハンター イタリア駐在員の森です。

今回は、たった1代でイタリアを代表する企業にまで成長させ、
プロの自転車競技選手はじめ世界中の自転車ファンから
世界最強のブランドと評されるCOLNAGOのレポートをお送りしたいと思います。

創業者のERNESTO COLNAGO(エルネスト コルナーゴ)氏とその軌跡は日本でも色々な媒体にて紹介されているのでご存知の方も多いと思います。

重複するかもしれませんが、簡単にCOLNAGOブランド誕生までの軌跡を以下ご紹介します。

ブランド誕生以降は記載すべき情報が余りにも多すぎますので、

更に詳しい情報をお知りになりたい方は、COLNAGOのウェブサイト(最後に記載)をご覧下さい。日本語でもご覧になれます。

1932年2月9日 ロンバルディア州ブリアンツァ地方のカンビアーゴ(ミラノから北東に約25キロに位置する)に生まれる。
12歳の時には地元カンビアーゴの工場で働き始め、13歳で当時大手自転車メーカーとして知られていたミラノの工房グロリアの見習い工員となる。
又その翌年には自転車選手として競技活動を始めている。
15歳の時にロードレースで初優勝して以後13勝を挙げるが、19歳の時のレース中に落車して左足を骨折。
60日間のギブス生活を余儀なくされ競技生活を断念、その間グロリアにてホイール組みの仕事に従事する。
その後グロリアを出て1954年に生まれ故郷であるカンビアーゴに自分の名前を冠した工房をオープンさせる。

これがCOLNAGOブランド誕生までの軌跡で、以降数多くの有名選手達に自転車を供給し続け、それから56年経った今でもCOLNAGOは常に自転車競技のトップブランドとして君臨しています。

本社ロビー兼ショールーム

COLNAGOブランドはこのようなERNESTO氏の若き日の苦労と経験から「常に新しいもの、より素晴しいものを追求し続ける」
という探究心とも言うべきスピリットが根ざしているのです。
COLNAGOの本社の構造は3つに分かれており、主に実務を行う本社ビルとそれに隣接するように増設された博物館のある別棟(2階部分で実務を行う本社ビルと渡り廊下で繫がっている)、それと本社ビルの道路向かいにあるCOLANGOファミリーの自宅の地下にある工房、この工房でフレームの生産が行われています。
残念ながら今回の訪問では、時間の関係もあり工房と博物館の見学はできず、
本社ビルのERNESTO氏の社長室でのインタビューとなりました。すみません。

COLNAGO Ernesto氏

でも大変有意義な時間を過ごせましたので、以下要約してご紹介します。

現在のCOLNAGO社のフレーム生産台数は約18,000本/年で内訳はカーボンが90%で
残りの10%は1983年に開発され今でも圧倒的な人気を誇るスチール製のMASTERシリーズとの事です。
尚、日本へは年に約3,000本のフレームが輸出されているとの事でした。
カーボンフレームの話になるとERNESTO氏が「この業界で一番にカーボン素材を自転車のフレームに採用し生産したのは
誰だか知ってる?」と聞かれるので、すかさず「ERNESTOさんです。確かFERRARIの創設者ENZO FERRARI氏に相談されて

FERRARI社と共同開発されたんですよね」と答え何とか事なきを得ました。ウェブサイトで事前に勉強してて良かった・・・

本社のスタッフは現在約30名、そのうち主要な職務をERNESTO氏率いるCOLNAGO一族が占めておりイタリアによく見られる
典型的な家族企業です。それでいて世界の自転車業界で最強ブランドと言われているのですから、素晴しい限りです。
ERNESTO氏に今後の自転車業界とCOLNAGOの展望をお伺いしたところ、
「自転車業界も色々なメーカーがあり様々なレベルの商品が溢れているので、いずれ淘汰される日がくるかも
しれないけど、COLNAGOは維持しなければならないレベルを私を初め全スタッフが理解しているからそのレベルを

ちゃんと維持し続ける限り何も不安に思う事はないし、今後も好調に推移すると信じている」との事でした。さすが。

日本でもCOLNAGOは大人気ブランドの一つなので、日本と日本人に対する印象もお伺いしてみました。
「日本も日本人も大好きだよ。何故なら日本人は常に質の高いものを大事にする国民だし、又その高品質なものを
いつも一番に取り入れてくれるからね。COLNAGOにしてもそうだし、FERRARIも日本人は本当に大事にしてくれてるよね。
日本へは仕事でよく行くけど、食べ物が美味しいので本当にいつも行くのを楽しみにしてるんだ。来月も東京で自転車ショーが
あるので、10日間ほど行く予定だよ。
あの、鉄板の上でお肉を焼く、何て言ったかな?そうそう鉄板焼きが大好物なんだ。特に神戸ビーフ、あれは最高!」

(因みに私の故郷は神戸なんですが、高くて神戸ビーフなんて食べた事ありませんよと言うと同情してくれました)

上記の通り来月11月5~7日まで東京の幕張メッセで開催される「CYCLE MODE INTERNATIONAL 2010」にCOLNAGOが
出展するのでERNESTO氏も訪問されるそうです、お楽しみに。
今回の訪問の際にERNESTO氏に自転車にまつわるお話を色々と聞かせていただこうと固い意志を持って望んだのですが、
たまたま自己紹介のつもりで話した私の本業であるイタリア生産の洋服の話に花が咲いてしまい、
広報兼渉外担当をしている甥子さんのALESSANDRO通称ALEX(アレックス)も混じるわ
広告及びウェブサイト担当のお孫さんのALESSANDRO(甥子さんと同じ名前ですが、こちらはそのままアレッサンドロと呼ばれてます)

は出てくるわで収拾がつかずにえらい事になってしまいました。

その上今回訪問の際に、写真撮影もしたい旨の連絡をALEXにしたら、「それなら世界の自転車競技専門カメラマンとしてNO.1の砂田さんも
呼びしましょう」という事になってしまい、砂田さんにもえらいご迷惑をお掛けしてしまいました。
(ALEXはERNESTO氏の右腕と言われている12歳年下の弟、PAOLO氏(※)のご子息で、ALESSANDROはERNESTO氏の
一人娘ANNA(アンナ)さんの一人息子です。)
※PAOLO COLNAGO(パオロ コルナーゴ):幼少時代から兄のERNESTO氏を助けてCOLNAGO社とともに歩み、ERNESTO氏も絶大な信頼を置く。

現在は、出来上がったフレームに各種パーツを組み付けて完成車にするのを主な仕事としている。

PAOLO COLNAGO氏

今回の写真でERNESTO氏と本社ビルは、恐れ多くも砂田さんに撮って頂いたたものですので、ご報告させて頂きます。
あと、上記の通り世間話に花が咲いて気がつくと就業時間をすぎてしまいましたので、他の写真はCOLNAGO社のデータから
後日送付頂いたものです。やはりプロが撮る写真は、全然違いますね、私のとは・・・
今回私が撮影した写真は、お土産に頂いたCOLNAGOのオリジナルボールペン(カーボン製)と「COLNAGO FOREVER」の本だけです。悪しからず。

(因みにこの本は砂田さんが企画をたてられ全ての写真を担当されたものです)

ERNESTO氏のサインとボールペン

ERNESTO氏が「日本に行ったら、サインだけで数百から多ければ千くらいしなければならない」と愚痴?を言われていたので
「それなら1回くらい増えても問題ないですよね?第一号として私にして下さい」とお願いして頂いた本にサインしてもらったものです。

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会社情報
・COLNAGO ERNESTO e C. srl
Viale Brianza 9 – 20040 Cambiago (MI) Italy
TEL. +39-02-95308082
FAX +39-02-95067379
サイト www.colnago.com
メール info@colnago.com

イタリアの町並み紹介と自転車事情 Vol.15(後編)

投稿者 on 7月 01, 2010

■Bianchi工場視察レポート(続き)■

組み立て作業に関しては所謂ライン生産のパーツ・パーツを流れ作業で組み立てるものではなく、1人が1台を最初から最後まで完成させる仕組みになっており、
さすがレース用に特化しているだけの事はあります。これぞ手作りのお手本だと感心しました。
1台分のパーツがパッケージになって各職人さんの手元に届きそれを熟練した手つきで皆さん黙々と組み立てられていました。
中に一人陽気に鼻歌を歌って組み立てていた方も居られましたが・・・(これもイタリアです)
1日の完成車の生産台数は、約50台との事でした。(あくまでもVigna氏の予想ですのでお忘れなく)
それと余談ですが、工場がでかすぎるのか、個人宛の郵便や書類の配達は自転車にて行われてました。

自転車で書類配達

工場内で6月初旬にジャーナリスト向けに発表された2011年最新モデルも展示されていました。一般公開は8月末以降との事ですので、お宝画像です。
(モデル「sempre」は完成車で、「oltre」はフレームのみの撮影になりました)

2011年新モデルOLTREフレーム

2011年新モデルSEMPRE

SEMPREライトブルー

さすが多くのプロ選手に提供しているだけあってオーダーメイド企画室には多くの採寸用器具とそのデータを管理するコンピューターが置かれ、
又そのコンピューターはオーダーメイド用フレーム生産現場のコンピューターと連動されており、データに対して寸分の違いも無くフレームを生産するシステムとなってました。

オーダーメイドフレーム生産現場

この工場で生産される自転車はREPARTO CORSE(レパルト・コルセ)だけあり、その全てが手作業で行われている事に改めて感心させられました。

オーダーメイド自転車企画室

企画室内

企画室でのMARINO VIGNA氏とGIACOMO MAURI氏

中にどう見てもママチャリにしか見えない黒い自転車とそのパーツが置かれているので、Vigna氏に聞いたところ、それはフレームやブレーキシステムはMTBのノウハウを使ったCITY用自転車でレース用以外の自転車で、唯一この工場で全て生産されている自転車との事。
値段が高すぎて売れないので、現在はイタリアのみでの販売となっているそうです。

イタリア製CITY BIKE

工場に併設されたアウトレットショップで確認したところ、定価850ユーロでアウトレットプライスで720ユーロで売られてました。(高い!)

工場併設アウトレットショップ

最後に、歴代のプロ選手が乗ったBianchiの自転車や貴重なパーツを集めている資料館(工場内にある1室で許可者以外立ち入る事ができません)に案内されて
写真を撮らせて頂きました。

資料館

FAUSTO COPPI 1953年ワールドチャンピオン獲得時の使用自転車

JULIEN ABSALON 2004アテネオリンピック金メダル獲得時使用自転車

JULIEN ABSALON

Vigna氏曰く「本当はちゃんとした資料館(博物館?)にして展示したいのだけど、今はそれをする金銭的な余裕がないみたいです」との事でした。
多分、一般公開されたら世界中の自転車ファンが集まってくる事と思います。これを惜しみなく見学させてくれたVigna氏に感謝!
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会社情報
F.I.V. E.. BIANCHI S.p.A.
Via delle Battaglie,5 24047 Treviglio (BG) Italy
Tel. +39-0363-3161
Fax +39-0363-303680
サイト www.bianchi.com

工場併設アウトレットショップ情報
Bianchi Outlet Aziendale
TEL. +39-0363-303670
メール negozio@bianchi.com
営業時間
火~金 10:00 – 19:00(お昼休み無し)
土 09:00 – 19:00(お昼休み無し)
日、月は定休日

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イタリアの町並み紹介と自転車事情 Vol.15(前編)

投稿者 on 6月 28, 2010

■Bianchi工場視察レポート■

皆さん、こんにちは。
サイクルハンター イタリア駐在員の森です。

今回はイタリアで一番有名な自転車ブランド ‘Bianchi ‘の工場視察に行ってきました。

Bianchi

先日レポートしたMarino Vigna氏がBianchi社のアドバイザーをされているので、今回お願いして同行させてもらいました。

Bianchiの工場は、ミラノ県の北東隣にあるBERGAMO(ベルガモ)県のTREVIGLIO(トレヴィリオ)市にあり、
TREVIGLIOまでは列車で行けても駅から少々離れている為、車無しでは行けません。

目下自動車を持っていない私は、VIGNA氏にお願いするしか術がなかったわけです。悲しいかな・・・

まず、Bianchi社のプロフィールを簡単にご紹介します。
今から125年前の1885年に創業者EDOARDO BIANCHI(エドアルド・ビアンキ)氏がMILANOに自転車屋さんを開業、その後自転車以外に自動車、オートバイの生産も手がけて当時はイタリアでも有数の大会社に成長しましたが、
経済危機に見舞われて自動車部門とオートバイ部門を手放し、自転車製造専業メーカーとなりました。

当時生産されていたバイク

又1997年にはスウェーデンのCYCLEUROPE A.B.社の傘下に入り、イタリアの工場は主にレース用のみを扱うようになっています。
Bianchiの自転車に乗って主要な大会で優勝した有名選手は数多くいますが、
Bianchiと言えば最初に思い出される選手はやはりFAUSTO COPPIでしょう。

FAUSTO COPPI氏

Bianchiと彼との最初の成功は、1940年のGiro d’Italiaでの優勝に始まります。
その後も彼はBianchiの自転車を駆ってGiro d’ItaliaとTour de Franceの両方に優勝するダブル・ツールを達成しました。
それ以外にもFelice Gimondi(フェリーチェ・ジモンディ), Moreno Argentin(モレーノ・アルジェンティン)、Marco Pantani(マルコ・パンターニ),最近ではGiro d’Italia通算最多勝記録(42勝)を誇るスーパーマリオことMario Cipollini(マリオ・チポリーニ)などが挙げられます。

因みに前回取材したOLMOの創業者GIUSEPPE OLMOも当時Bianchiの自転車に乗っていました。

Bianchiはロード用自転車以外にもMTBも手がけており、ロード同様多くの大会優勝者を輩出していますが、
中でも有名なのは2004年アテネオリンピック、2008年北京オリンピッククロスカントリーで金メダルを獲得、2004年から世界選手権4連覇を果たした、フランス人のJULIEN ABSALON(ジュリアン・アプサロン)でしょう。
以下工場内をVigna氏に案内してもらった現在のBianchi社の状況です。
注)数字に関してはあくまでもVigna氏の想像で、正確とは限りませんので、悪しからず。(と言えとVigna氏に指示されました)
Bianchiのイタリア工場では現在REPARTO CORSE(レース部門)のみが存続してロード用、MTB共にレース仕様の完成車の組み立てと、
フレームに関してはアルミ、スティール、チタンを生産しているとの事です。
カーボンフレームは台湾で生産、その他のパーツも海外、主にフランスで生産されてからこの工場に送られて組み立て作業が行われています。

自転車組み立てライン

フレームの生産本数は、年間約1000本で比率はアルミ70%、スティール15%、チタン15%となっています。
フレームの生産現場を拝見しましたが、アルミが中心だけあって、現在でもTIG溶接室が数箇所ありました。

TIG溶接室

溶接室2

(アルミに関しては、今でもデダッチャイのアルミを使用されているとの事でした)
工場内は主にフレーム生産するラインと完成車を組み立て作業するラインに分かれていますが、
場所の大きさの割には作業されている職人さんの数は少なく感じました。

現在の従業員数は約60名だそうです

GIACOMO MAURI氏

因みに主にオーダーメイドを管理している写真のGiacomo Mauri(ジャコモ・マウリ)氏によると「私は1958年に入社して今ではここで
一番古い社員になってしまったが、私が入社した頃はまだ自転車、オートバイ、それと船(カタマラノという双胴船)を生産していて
従業員は3000人以上居たからね、想像できないと思うけど。」との事。(工場の敷地の大きさから十分に想像できますよ、ハイ)

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今回はとても多くの内容を取材する事ができた為、全てを書ききれないので
取材の後半は次回アップしたいと思います!是非お楽しみに!

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